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【連載コラム】アニ山本のマーケティング雑記帳⑤ 縄文時代のブランドマーケティングを妄想してみた。

2022.09.03

【連載コラム】 アニ山本の マーケティング雑記帳⑤ 縄文時代の ブランドマーケティングを 妄想してみた。

ブランドとは、単なるモノにモノ以上の価値を見出す作業です。人間という種族の特殊な性質から生まれたのがブランドです。
黒曜石という石を使った鏃(やじり)が旧石器時代から縄文時代にかけて広い範囲の遺跡で発見されていますが、この黒曜石は伊豆の神津島や、長野県の和田峠など、限られた場所でしか取れません。つまり、交易や交換を通じて、この黒曜石で作られた鏃は広がっていたのです。非常に希少性のあるモノであったのでしょう。大切にされていた痕跡も見つかっているようです。これが日本における最初のブランドではないか、という学説すらあるのです。

「1万年前の日本のどこかでの会話(部族長と部下)」
部族長(以下部長):これがかの貴重な黒曜石で作られた鏃、有名な「黒光り」だ。
部下:いやあ、これが噂の「黒光り」ですか。
部長:凄まじい威力だ。大鹿も一発で仕留められると保証書に書いてある。
部下:マッチョな族長にふさわしいですね。
部長:俺はこの何とも言えないクールな肌触りと、メタリックな艶と深いブラックに惹かれたのさ。
部下:確かに、他の鏃とは、見た目から違いますね。
部長:あの弓の名人、那須のヨイチが、波間に漂う船に掲げられた扇の的を射抜いたのも、この「黒光り」のおかげだそうだ。
部下:たぶんそれは何千年も未来の話のような気がしますが、族長だったら、どんな的でも射抜いてしまいますよ。
部長:これで、あの娘のハートにもズッキュンだ!

さて、この1万年前に交わされたであろう会話は、ブランドマーケティングに関して示唆に富む内容となっています。
ブランドとは……。

ブランド成立のための6条件

  1. 競合ブランドやカテゴリーを圧倒する性能や独自の機能を持っており、特別な価値があると信じられていること。
    この場合は大鹿も倒す圧倒的な威力がそうです。
  2. その性能を容易に識別できる外見やデザインであること。
    この場合は、黒く光る見た目がそれにあたります。
  3. 様々なブランドの特徴が、ブランドネームと関連付けられていること。そして、高い知名度を保持していること。
    この場合は、「黒光り」という知る人ぞ知るブランドネームがそれにあたります。
  4. ブランドの性格付けが、人間の基本的な欲望と合致していること。
    マッチョな俺にふさわしい、という会話がそれを表しています。人間の自己実現欲求には果てがなく、そして、モノにもその欲求を投影します。ブランドは人生を反映する重要な小道具なのです。
  5. ブランドにまつわる伝説やストーリーが共有されていること。
    那須のヨイチ伝説がそれにあたります。
  6. ユーザーがそのブランドを高く評価しており、そのブランドの信奉者推奨者であること。

 

よく自社のブランドをどう強化してよいか、わからない、と言う話を聞きます。多くの場合は、ブランドロゴのデザインであったり、広告の表現であったり、パッケージデザインの問題と混同されているようです。ブランドとは、顧客の長期記憶の中に、1つの連想ネットワークとして根を張っているものです。この連想ネットワークを強化するためには、変更しやすいデザインや広告表現などの、見た目やイメージに近い部分を適正化するのが、ブランディングだと誤解されているのかもしれません。

私が考えるブランドの必須要素は、今述べた①から⑥ですが、特に①の、他を圧倒する性能や独自の機能、特別な価値を持っていない事には、強いブランドにはなり得ない、と考えています。真のブランドとは、他では代替できないもの、でなければなりません。ロゴやパッケージデザインの変更を繰り返し、広告のタグラインを刷新する前に、モノ本来の本質的な価値づくりを忘れてはならないのです。

ナイキのDream Crazyキャンペーン

しかし、今の時代に、他を圧倒する性能や機能なんてあり得ない、という意見もあるでしょう。あらゆるイノベーションが急速なコモデティ化の前に膝を屈する場合が多いのも、承知しています。先行者利得の期間はどんどん短くなっているので、先行ブランドをフォローし、そのブランド世界に寄せていくか、逆に距離を取るか、競合に応じたポジショニング戦略を取るべきだ、という考えも理解できます。
でも、それでは真に強い、独自のブランドは作れないでしょう。

ナイキは、よくブランド論の本で取り上げられるブランドです。ナイキという覚えやすいブランドネーム、ブランドネームに込められた思いとスォッシュマーク、Just Do It というスローガン、そしてエアジョーダンをはじめ様々な伝説的なアイテム、などなど、非常に強力なブランド資産が互いに結びついて、多くの人々の脳内に確固とした連想ネットワークを形成しています。まさにこれがブランドだ、という教科書的な存在です。

そのナイキが、2019年のカンヌライオンズでグランプリを獲得した”Dream Crazy”というキャンペーンをご存じでしょうか。2018年、アメリカでは警察官による黒人男性への暴力に対する抗議活動が広がりました。NFLサンフランシスコ49ersの選手であったColin Kaepernick 選手は試合開始時の国歌斉唱時に起立することを拒否し、その後、チームを追われてしまいます。そのKaepernickを起用したキャンペーンをナイキが大々的に展開したのです。” Believe in something. Even if it means sacrificing everything” というメッセージを掲げて。

このキャンペーンは賛否両論でした。ナイキのシューズを焼いて抗議する人々もいたようです。しかし、国民にとって重要な問題に対して明確な意思を表明したナイキの姿勢に、大多数の人々が共感しました。「全てを犠牲にしても信じることをやり抜け」と言うメッセージは、ナイキの太い骨が見えるコピーです。ナイキは、ブランドとして主張すべきことは恐れずに主張すると、腹を決めたのでしょう。一部の顧客を敵に回すリスクを冒すとは、伝統的なマーケティングでは考えられない事ですね。

(YouTube 貼っておきます)
https://www.youtube.com/watch?v=A1hDscZfE2w

冒頭に、ブランドとは、モノにモノ以上の価値を見出すことである、と書きました。ブランドには、私たちの自己実現欲求が反映されます。私たちはナイキと言うブランドを通じて、社会のあり方、正義のあり方を表現しようとしている。パンデミックやウクライナ紛争など、この世界には解決すべきイシューが多数存在するが、自らの意思を貫き、より良い社会に向けて少しでも貢献していきたい、と考える21世の人々に対して、ナイキはその潜在的オピニオンを優れたクリエーティブで顕在化させました。いや、むしろオピニオンリーダーとして、社会的正義を牽引しようと志している。
ナイキらしい、決断ですね。

もはやブランドは、私たちの社会のあり方に積極的に関わるべき存在なのです。マーケティングや販売と言う次元を超えて、人々の価値観や生き方と交錯する存在になってしまったようです。

優れたブランドである条件の⑦は、より良い社会の実現に貢献できること、です。

ブランディングが、ブランドの本質的価値そのものを問う作業から始めないといいけない理由が、そこにあります。その作業は苦しく、社内の理解を得られない場合もあるでしょう。
そういう時はこうつぶやいてください。” Just Do It “

アニ山本(山本一樹)
1982年東京大学文学部美術史学科卒。 株式会社電通へ入社。以来40年にわたって、マーケティング局、クリエイティブ局、営業局と立場を変えながら、マーケティングコミュニケーションの最前線で実践経験を積む。2008年電通タイランドCOO就任。リーマンショック後のダメージから業績を急回復させる。2017年、電通クリエイティブX副社長執行役員として、経営改革を実行。DX戦略の一環として、デジタル時代の新たなクリエイティブ体験を創造する”DENTSU CRAFT TOKYO” を設立。同ユニットはカンヌライオンズで2度の受賞を早くも達成。2021年より株式会社編へ参画。2022年、事業構想大学院大学客員教授。
マーケティングテクノロジーへの過度の依存はクリエイティブコンテンツの退化を招いているのではないかと、危惧する日々でもある。