2023.04.26
【連載コラム】 アニ山本の マーケティング雑記帳⑥ そこにセンスはあるんか! 美意識による 差別化は 地方ブランド活性化 につながるか。
「武相荘」をご存じだろうか。「ぶあいそう」と読む。そう、不愛想に通じます。
吉田茂の片腕として占領下の日本でGHQとの困難な交渉をやり遂げた男として有名な、かの「白洲次郎氏」の旧宅の名である。最近では民芸、能や随筆など多彩な活動をされた夫人の「白洲正子さん」のことを思い浮かべられる方も多いと思う。
「武相荘」は美的センスの固まりのような場所である。日本的カントリーライフの極致のような家である。もともとは養蚕農家であった茅葺きの母屋は、内部を英国式と日本的民芸調の折衷様式に改造され、大変居心地が良い。博物館としてGHQと日本国憲法草案の交渉時に白洲次郎氏が描いたイラスト、メモなどが展示されていて、とても興味深いのだが、不肖アニ山本は、白洲正子さんが随筆を書くときに使っていたという書斎の佇まいに、ご夫妻の凛とした魂を感じられて、この心からの解放感は何であろうかと、深い思索にふけっていたのである。
そして、心の中から生まれたフレーズがこれである。
「そこにセンスはあるんか!」
美意識はマーケティング上の有効な差別化ツールになる。
ブランドマーケティングは、顧客の記憶が市場であり、顧客の大脳皮質の中でいかに優位なポジションを占めるか、が勝負なのである。その勝負においては、商品のスペックや性能や他より優れた機能などの、フィジカルなものばかりに注目が行きがちである。しかし、美意識やセンスなどの、もっとメンタル面での差別化にもっと意識を向けるべきであろう。ラグジュアリーブランドにとっては当たり前の考え方であるが、例えば「星野リゾート」や「無印良品」がその良き例である。最近では、「BEAMS JAPAN」が注目に値する。ファッションと言う枠を超えて、日本的美意識の再発見と再生に取り組んでいるからだ。
東京郊外の町田市にある「武相荘」は白洲ご夫妻のご息女である牧山桂子さんとご主人の牧山圭男さんが、長らく管理運営されてきたのだが、この度「ポニーキャニオン」と「BEAMS」が「武相荘」の運営に参画し、本格的にヘリテージマネジメントに乗り出すというのである。
そこで私は「?」と思ったのである。「ポニーキャニオン」はレコード会社ですよね。あのおニャン子クラブとか、アイドル全盛時代をリードしてきた音楽産業の旗手ではないですか。それが、ヘリテージマネジメントとは?
そこで、疑問を持つと止まらないアニ山本は、お忙しいのに無理を言って、ポニーキャニオン エリアアライアンス部の村多さんに、お話を伺ったのである。まずもって、エリアアライアンスとは?南米あたりの歌手の名前であろうか?
村多:ポニーキャニオンはCDやDVD、Blu-ray等のパッケージ売上が右肩さがりになりだした2010 年代初頭からそれら売上ダウンを補完しうる新規事業の模索をはじめました。その時に社長から指示されたのは「90度の範囲で探せ」ということでした。180度ではなく、90度というのは、自社の強みを生かす範囲で考えろ、と言う意味です。そこで私は、何の変哲もない場所に何万人と言う人を集めることができる音楽フェスのように、このパワーをかねてから関心のあった地方創生に使えないか、と言う発想を持ちました。
このように語る村多さんは、ご自身が美的センスを体現した方のようにお見受けした。ただならぬ気配に、聞くと、古唐津の日本有数のコレクターとしてその筋では有名な方であるらしい。
村多:当時、平成の大合併で新たな自治体が多数創出されたのですが、どの自治体も地域経済を活性化させるために、同じような条件で企業の誘致を競っていました。あるいは、居住者を増やそうと子育て支援に予算を回したり、どこも似たような施策でした。マーケティング的に言うと、どの自治体もブランドとして差別化する発想が欠けていました。
そこで、ポニー―キャニオンが持つクリエイティブ力、コンテンツ力が資源として有効であることがわかりました。地方のコミュニティにはその共同体だけが持つ独自のヒストリーとヘリテージがあります。それを我々のプロデュース力で発見し、今の時代のセンスに合わせて再生するのです。
なるほど、地方に眠るタレントを発見し育成するのと、基本は同じであるな。
村多:例えば、2018年から2021年まで手掛けていた、松山市の道後温泉の本館耐震修理工事ですが、単なる工事としてではなくエンターテインメントの見地で観光資源化しようと思い、「道後リボーンプロジェクト」として手塚治虫先生の火の鳥でラッピングアートを行いました。長い道後温泉の歴史で、この時期にしか見られない風景を作ろうと思ったのです。最近の事例では岐阜県大垣市の魅力をラッパーの呂布カルマをフィーチャーして、ショートアニメにしました。大垣市の観光資源をただ伝えるのではなく、クリエイティブの力で大垣市にあまり関心のない若者層にも届けることができました。
「火の鳥」とは、さすがのセンスである。普通は「坊っちゃん」がボチャンと温泉に入った道後温泉、などとダジャレを言う所である。大垣市の魅力をラップに載せるのも、単なる観光ラップに終わらず、クリエイティブとして最高にカッコいいことが素晴らしい。ここはやはりポニーキャニオンのエンターテインメント力がいかんなく発揮されているのである。
村多:今回「武相荘」のマネジメントを「BEAMS」さんと共同で行えることで、ワクワクしています。彼らの美学と我々のコンテンツプロデュース力がうまく機能すれば、「武相荘」は優れた美的センスの発信プラットフォームに成りうると、確信しています。
なるほど、カッコいいのである。白洲次郎さんも白洲正子さんも、村多さんも、そのライフスタイルや視線の先にあるものがカッコいい。
地方再生とは、その地方共同体に住む方々のプライドのより所を創出することに他ならない。その地方独自の歴史的体験の共有と再生は、その地域の方々と視点を同じくすることから始めるべきである。しかしそこには、現代人のセンスが絶対に不可欠である。ソーシャルメディア時代のコンテンツクリエーションを駆使して、ヘリテージは再生されるのだ。
日本中の自治体が名所旧跡マップを作って、わけのわからないゆるキャラでのイベントをやっているだけでは、地方再生には遠い。今、問うべきなのは「そこにセンスはあるんか!」である。
アニ山本(山本一樹)
1982年東京大学文学部美術史学科卒。 株式会社電通へ入社。以来40年にわたって、マーケティング局、クリエイティブ局、営業局と立場を変えながら、マーケティングコミュニケーションの最前線で実践経験を積む。2008年電通タイランドCOO就任。リーマンショック後のダメージから業績を急回復させる。2017年、電通クリエイティブX副社長執行役員として、経営改革を実行。DX戦略の一環として、デジタル時代の新たなクリエイティブ体験を創造する”DENTSU CRAFT TOKYO” を設立。同ユニットはカンヌライオンズで2度の受賞を早くも達成。2021年より株式会社編へ参画。2022年、事業構想大学院大学客員教授。
マーケティングテクノロジーへの過度の依存はクリエイティブコンテンツの退化を招いているのではないかと、危惧する日々でもある。